’03 12月22日(月) くもり 「戦争博物館〜大宴会」

 

8:00に一旦目が覚めるが二度寝。10:00に起きるといういつものパターン。シャワーを浴びてすっきしり、行動開始。シンカフェのカフェで朝食をとり、公園周辺をふらふらしていると、ソンさんという、やけに日本のギャグを知っているベトナム人のバイタクに声をかけられしばし雑談。逆にベトナムのギャグを教えてもらうが、さっぱり分からなかった。

公園をさらに歩いていくと、偶然屋内マーケットを見つける。中をのぞくとなかなかの品揃え。後でサンダルを買おうと思う。

ベトナム戦争当時の戦車

当時の戦車

今日のメイン、戦争証跡博物館に到着。10,000Dの入場料を払い中へ入ると、まずアメリカ軍の戦車や戦闘機、爆弾が無造作に並んでいる。建物内には当時の写真が所狭しと展示され、凄惨な状況を伝えている。その写真の中には、「沢田教一」や「一ノ瀬泰造」によって撮られたものもあった。

資料いろいろ

資料いろいろ

捕虜が閉じ込められた房や拷問の解説、ギロチン、そして枯葉剤の影響で生まれた奇形児たちの写真やホルマリン漬け等を見て、とてもブルーな気分になる。唯一の明るい材料は子供たちが描いた平和な世界の絵であった。人体に影響を与えると言えば、先のイラク戦争でも劣化ウラン弾なんかを使うアメリカって国は何ら変わりがないんだなと思ってしまう。

もうやめようね、こんな事…

子供達の絵

子供達の絵

博物館を後にし、再度マーケットへ行きサンダルを購入。13US$の提示が5US$になったけど、どこまで下げられるんだろう?フレッシュオレンジジュースでビタミンを補給し、宿で休憩。

夕食をとりに外へ出る。栄養を考え?今日のフォーは卵入りを注文。そしてビールと夜食用のサンドウィッチを買い込み宿へ戻ろうと歩いていると、偶然社長と再会。あまりに人のいないニャチャンに嫌気が差し予定より早くホーチミンに来たようだ。さらに社長の知り合いのミヤモトさんとも合流し、3人でクラブへ行くことにする。さすが大都会ホーチミン、フエのそれとは大違いで、かわいい女の子も多かった。

00:00ごろ宿近くへ戻るが、何となく飲み足りないので、店を探しているとホイアンで会った女の子を発見。その子の知り合いも含め計6人での宴会が始まる。01:30頃さすがに店の人にも迷惑なので(本当は0時閉店)各自酒を持ち寄り自分の部屋で二次会開始。女の子の一人が持っていたラオスの酒ラオラーオはとても効いた(これが次回の旅のテーマになるとは世の中不思議)。

大宴会は夜が明けるまで続く…雑魚寝。




本日の移動ルート

旅の道連れ

社長

とある会社の社長をしていたことから命名。初海外で陸路アテネを目指している。オリンピックまでに到着が目標らしい。

ミヤモトさん

ベトナム→カンボジア→タイ→ネパール→インドを目指す旅人。この後バンコクで再会し、とてもお世話になる。

次回の旅のテーマ

「11: あの酒を求めて編」でガチに実現させました。

今日の家計簿

  • 宿泊費: 3日で33US$
  • 交通費: タクシー 10,000D
  • 食費: チャーハン、コーヒー 26,000D/コーラ 10,000D/オレンジジュース 12,000D/サンドウィッチx2 7,000D/フォー 14,000D/ビール、コーラ、水 25,000D/ビール 76,000D
  • その他:ライター 2,000D/博物館 10,000D/ネット 4,000D/サンダル 5US$

(注)値段や交通手段、一部リンク等は当時のものです。