’98 9月27日(日) はれ 「カンチャナブリー小旅行」
超二日酔い。最後にもう一度食べておこうと思っていたワッタナー氏の10Bラーメンなんてとても食えずに部屋で一人唸っている。
昼少し前、微妙に回復してきたので、南バスターミナルからカンチャナブリーを目指す。体調が体調だったので、ちょっと奮発してエアコンバスに乗る(68B)。エアコンが快適でよく寝れた。
2時間弱でカンチャナブリーに到着。歩いて10分ほどの所にあるTAT(Tourism Authority of Thailand タイ国政府観光庁)へ行き宿探し。
場所と値段から「Nita Raft House」という所に決める。そのゲストハウスの看板にはでっかく「Great river view」と書いてあったが、それもそのはず川の上に建っていて(浮いていて?)、横を船が通ると揺れる恐ろしいつくりだった。ちょうど横浜のぷかり桟橋が宿になったような感じ。
シャワー、トイレ無し、ダブルベッドで100B。言うまでもなく野郎とダブルベッドで夜を明かすのは初めての経験である。
宿のロビーというかレストランというか溜まり場でインスタントコーヒーを飲んだ後、「JEATH、カンチャナブリー戦争博物館」へ歩いていく。
竹でできたこの博物館は、第二次世界大戦中タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設に携わった連合軍捕虜の住居を再現したものであり、そこで強制労働させられた連合軍捕虜の遺品、捕虜やタイ人による当時の写真、スケッチなどが展示されていた。当時の日本軍がいかにひどい行いをしていたか、目を覆いたくなるほどだった。
ここでは約1万6千人が熱帯ジャングルの疫病やケガで死亡したらしい。
出口に書かれている「Forgive but don’t forget(許そう、しかし忘れない)」という言葉がとても重たく思えた。
もうやめようね、こんな事…
気分転換に町を歩く。バンコクと違い人も車も少なく、また、緑も多くいい感じ。町並みものどかで「田舎」とか「故郷」と言う言葉を思いだした。
どんなときでも腹は減るので、少し早いが食事にする。バスターミナルの周りに昼間はなかった屋台がたくさん出ていた。一通りぐるっと見て回り、好物になったぶっかけご飯に、これまたはまったナンプラーをたっぷりかけて食べる。うん、今日もうまいぜ。
追加で何の肉かわからない串焼きや、クレープ(のようなもの)も食べてみたが、どちらも日本にはない味だったけどとてもおいしかった。屋台にはまだまだいろんな種類の食べ物が並べられていたが、もう限界なので次回に持ち越し。
お腹も満たされ、満足して宿に戻る。
前述のロビーというかレストランというか溜まり場で宿の親父がマッタリしていたので、我々もそこでマッタリする。話好きの親父がやってきてお互いつたない英語で会話が始まる。
たわいない会話だけど、親父のやさしい気持ちが伝わってくる。のんびりとした、とても贅沢な時間。
その後、タイ名物三角枕に横たわりながら、今日一日のことを振り返る。言葉が通じないのに笑顔で話しかけてくれたおばちゃん、水を買った店で一人店番をしていた小さな、本当に小さな女の子、そしてもちろんNitaの親父、カンチャナブリーの名と共にあなた達のことはきっと忘れない。
※今回の管理人は精神状態がいつもと違うので、くさい文章も温かく見守って下さい。
本日の移動ルート
JEATHの由来
DEATH(死)という言葉があまりにも残酷な印象を与えるため、鉄道敷設の当事者である日本(Japan)、連合軍捕虜兵士の国であるイギリス(England)、アメリカ及びオーストラリア(America and Australia)、オランダ(Holland)、そして建設地となったタイ(Thailand)の頭文字を取って名付けられた。
(注)値段や交通手段、一部リンク等は当時のものです。
